4月18日
知り尽くされている安心
― 見られている安心 ―
リオは、誰にも本当の自分を理解してもらえていないと、長い間感じていた。
「取り繕った自分しか、誰も見てくれていない」という孤独が、いつも心の隅にあった。
ある時、リオはふと思った。「隠さなくても、そのままの自分を知っていてくれる存在があるとしたら」
その考えに触れてから、リオは少しずつ、無理に自分を偽ることをやめていった。
ありのままの自分を、誰かに知られているという感覚は、リオにとって、静かな安心になった。
すべてを知られているという感覚は、時に怖さより先に、深い安心をもたらすことがあります。
「主は心の打ち砕かれた者をいやし、彼らの傷を包む。」
詩篇 147篇3節(新改訳2017)
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
ヨハネの福音書 3章16節(新改訳2017)
「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」
ピリピ人への手紙 4章6節-7節(新改訳2017)