10月22日
祈りの言葉を持たなかった人の静けさ
― 祈らなくても心は届くのか ―
特定の信仰を持たないユウキは、大切な人が病に倒れたとき、「祈り方が分からない」ことに戸惑いを感じていた。
友人は「決まった言葉がなくても、大切に思う気持ちそのものが、祈りのようなものだと思うよ」と言った。
ユウキは形式にとらわれず、ただ静かに、相手の回復を願う時間を持つようになった。
その時間が、ユウキ自身の心を落ち着かせる、静かな支えになっていった。
祈りの形は一つではありません。誰かを思う静かな時間そのものが、祈りに近いのかもしれません。
「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」
ローマ人への手紙 8章28節(新改訳2017)
「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」
イザヤ書 41章10節(新改訳2017)
「見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。」
詩篇 127篇3節(口語訳)